2017年12月7日木曜日

書くこと② 白黒のカザルス

先日のランチタイムコンサートの主役はチェロ。
チェロと言えばパブロ・カザルス。

カザルスを知ったのは高校の時。
ハゲたおじいさんが両手を拡げながら「ピース(平和)、ピース」と言い終えて、「鳥の歌」の演奏するのをテレビで見た。感動した。

立派な天井の高い部屋で椅子に座って弾いていた。1961年のホワイトハウス・コンサートとばかり思っていた。私の記憶は白黒。

調べると、1971年10月、カザルス94歳のときにニューヨーク国連本部において「私の生まれ故郷カタルーニャの鳥は、ピース、ピースと鳴くのです」と語り、『鳥の歌』をチェロ演奏したとある。すでにテレビはカラー放送だった。

自分の部屋の押入れ下段の古い白黒テレビ。ホワイトハウス・コンサートCDの白黒写真。



これが勘違いの原因なのだろう。
文章を書くと整理されて、記憶が蘇ってくる。人間の記憶なんて結構いい加減だ。

人は自分の体験したことはすべて正確に記憶しているという。思い出さないだけだと。

死ぬ直前、自分の経験したことを走馬灯のように全部思い返すというキューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』という本が流行った。

並外れた記憶力で、過去の一字一句さえ正確に再現できた男を研究したルリヤの『偉大な記憶力の物語』。



特別な能力が備わっているわけではなく、むしろ、男が並外れた記憶力を持っていたのはある能力が欠落しているからだと書いている。
ある能力とは記憶の編集力。
会話は正確に覚えているが、ふつうは会うほどに深まる相手の人格への理解ができない。記憶の編集ができなかったのだ。
記憶を「編集して何か新しい意味を見出すこと」と「正確に覚えていること」との間には、一方を立てれば他方がうまくいかなくなる関係がある。

人間、もともと自分の都合で記憶を違えたり、再構築するようにできているのだ。
そうしなければ、生きていくには大変だからだろう。
漱石いわく「知に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい」

この記憶力男、忘れることができずに苦しんだとある。

記憶の再構築が創造性を産むともいう。
創造の女神は、やさしい微笑みで私のいいかげんさを許してくれる。



◎カデンツァ♪
カザルスのバッハの無伴奏組曲は本当にしびれる。
SP復刻版のパチパチと針音が混じった貧弱な音だが、これを超える演奏はいまだにない。
バッハ本人はどう思って作ったのかはわからないが、1本のチェロから、厳しい自然の中で孤高に聳え立つチョモランマのように偉大なる精神性を感じさせる曲までに昇華させたのは、カザルスだ。



フルニエ、ロストロポーヴィチ、ビルスマ、マイスキーも、もうひとつピンとこない。
ロストロポーヴィチはレーザーディスク盤も買った。もちろんDVDも。
マリオ・ブルネロはサントリー・ホールに聞きに行ったが、何か違う。
ヨー・ヨー・マは論外。

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