美しかった浅丘ルリ子がCMをやっていた、当時あこがれのサンスイではなかったことは確かだ。
初めてかけたのが、アルフレッド・ブレンデルのベートーベン3大ソナタの1000円の廉価盤。「悲愴」「月光」「熱情」の定番がはいっているものだ。
なぜ、ブレンデルを買ったかというと、大阪フェスティバルホールでブレンデルの弾くベートーヴェンのピアノ協奏曲5番「皇帝」を聞いていたからだ。
このコンサート、近所のおばちゃんが、2枚買ったんだけど旦那がそんなもん行くかといわれたので、タダでいいから一緒に行かないと誘ってくれたもの。初めて聞く、本当の一流プロの演奏。いたく、感動した。
前歯を出しながら酔いしれて演奏するブレンデルの顔。そして、伴奏した大阪フィル団員のヨレヨレの制服が目に焼き付いている。
このおばちゃんとはもう一度、一緒に映画に行った。理由は前と同じ。見たのは「エクソシスト」。音楽はマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」。何度も同じフレーズが繰り返されるオスティナートという奏法でつくられた斬新的で耳にいつまでも残る印象的なテーマだった。
帰りに食事をしようかと言われたが、リンダ・ブレアの首が1回転してから緑色の液体を吹き出すシーンがこびりついていたので断った。
友達のIもステレオがあるといったので、聴き比べようとこの1000円盤を持っていくと、うちでは鳴らない音が聞こえてくる。私は公団の団地に住んでいたが、Iは一軒家の金持ちだったので、さすがに高いステレオは違うと感心していたが、よく聞くとどうも鳴り方が違うことに気がついた。
早速、購入した電気屋の超まじめな山本さんに来てもらったら、「すみません。カートリッジがおかしくて、片側しか鳴っていませんでした」と汗をふきふき真顔で言われた。
後日、取り換えてもらった。Iの家で聞こえたブレンデルの左手の音がうちのステレオでも鳴り響いた。なぜか、ステレオが家に来た時よりも嬉しかった。
物心ついた時から、我が家には電蓄があった。父の自作の真空管の電動蓄音機で、かなり大きいものだった。初めて鳴らした時、その音の響きに近所の人がたくさん集まってきたそうだ。
父は、クラシック音楽などには興味がなかったようで、その電蓄で自分の好きな曲を聴いている姿は記憶にないが、幼い時には、毎年12月には、きれいな絵が描かれたクリスマスのSP盤を鳴らしてくれた。
小学校の時、電蓄を処分する際、もう、シェラックのSP盤は鳴らせないのでいらないと、家にあったSP盤を割ったのを覚えている。父の大好きな高峰美枝子の「湖畔の宿」などがあった。
それに交じって山本富士子のブロマイドがレコードの間からこぼれ落ちた。「これもいならいね」とビリッと破った時の父の表情は今も忘れられない。あんなに悲しい顔は後にも先にも見たことがない。
すまないことをしてしまったと思ったが、父はなんにも言わなかった。
電蓄がなくなってからは、赤いプラスチック製の折りたたみ式の赤いポータブルステレオを買ってもらった。EPとLPの切り替えがついたものだ。
これがとても長持ちして、本物のセパレート・ステレオが来るまで大活躍した。
ベンチャーズの赤い半透明の4曲入りLPやモンキーズの「ゴールデン・アルバム」は擦り切れるまで聞いた。
今の装置で聞いてもあの時ほどの感動はない。
音は、耳じゃなくて、心で聴くものだからだろうか。
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