2017年12月4日月曜日

我が家のオーディオ② ヤマハのコンポ

大学の頃になると、ステレオはコンポというのが主流になった。
スピーカー、プリメインアンプ、チューナー(当時はレシーバーと言っていた)にカセットデッキ。
木の箱が3つ並んだセパレート・ステレオに比べて、断然かっこよかったが、高くて買えなかった。
金をためて、やっとの思いでヤマハのコンポを手に入れた。NS-10M、モニタースピーカーというやつだ。



アンプやカセットデッキの機種名は覚えていない。
レコードプレイヤーと並べたら、置き場所がない。
しかたないので、家具屋にいってガラスの開き戸がついた収納棚を買い求めた。
今ではオペラのDVDの収納庫になっている。
電源コードを出すために穴をあけ、コンポを入れ込むとかっこがいい。最初はスピーカーも一緒に入れていたが、ガラスが共振してビビリ音が発生するので、外に出した。
レコードの片面が鳴り終えると自動的にアームが上がって最初の場所に戻る。
それまでは、終わる寸前に気づかなければ、プツンプツンと音もならないところで回り続けていた。
便利になったが、心地よくなって寝てしまうことが増えた。

先輩がいいコンポを買ったので聞きに来いと誘われた。
訪ねていくと、うちのスピーカーの倍以上の高さがあるなぜかしら雰囲気のあるスピーカーが端座されていた。
タンノイだよ。いいだろう。と先輩はいった。初めて聞く名前だ。イギリスのメーカーらしい。さすがイギリス貴族の佇まいを醸し出していると、ひれ伏すような気持ちで正座して音楽を聞かせてもらった。
交響曲も聞いたと思うが、先輩の好きだった三橋美智也をさんざん聞かされた。それしか覚えていない。頭がいたくなり、それ以来、三橋美智也の曲がトラウマになった。



その後、先輩を度々訪ねては、ジャズのレコードを持っていき、かけてもらったが、どうも、しっくりこない。タンノイの音は渋い。クラシックはよくなじむ。

大阪の千日前に「やかた」というジャズ喫茶があった。初めて中に入ると、いきなり、ドライブ感全開で、目の前で汗が飛び散るように熱気ムンムンでスイングしまくるピアノの音に圧倒された。ピーターソンだった。



アンプのメーカーなど知る由もなかったが、上にホーンがついた目の前の巨大なアルティックの箱にびっくりし、そこから怒涛のように溢れ出る音に、これがジャズ喫茶か、これが本物のオーディオかと度肝を抜かれた。ピアニストが鍵盤を押す音まで聞こえた気がした。

家に帰って、同じレコードを聴くと、我が家自慢のコンポは必死に音を出そうとがんばるが、やせこけたヤギの鳴き声みたいに聞こえた。

2017年12月3日日曜日

我が家のオーディオ① セパレート・ステレオ

高校2年の時、やっと念願のステレオを買ってもらった。大きな箱が3つ。左右のスピーカーと真ん中のプレヤーとプリメインアンプ部に分かれた、当時はやりだったセパレート・ステレオだ。どこのメーカー製だか覚えていない。
美しかった浅丘ルリ子がCMをやっていた、当時あこがれのサンスイではなかったことは確かだ。



初めてかけたのが、アルフレッド・ブレンデルのベートーベン3大ソナタの1000円の廉価盤。「悲愴」「月光」「熱情」の定番がはいっているものだ。

なぜ、ブレンデルを買ったかというと、大阪フェスティバルホールでブレンデルの弾くベートーヴェンのピアノ協奏曲5番「皇帝」を聞いていたからだ。
このコンサート、近所のおばちゃんが、2枚買ったんだけど旦那がそんなもん行くかといわれたので、タダでいいから一緒に行かないと誘ってくれたもの。初めて聞く、本当の一流プロの演奏。いたく、感動した。
前歯を出しながら酔いしれて演奏するブレンデルの顔。そして、伴奏した大阪フィル団員のヨレヨレの制服が目に焼き付いている。
このおばちゃんとはもう一度、一緒に映画に行った。理由は前と同じ。見たのは「エクソシスト」。音楽はマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」。何度も同じフレーズが繰り返されるオスティナートという奏法でつくられた斬新的で耳にいつまでも残る印象的なテーマだった。
帰りに食事をしようかと言われたが、リンダ・ブレアの首が1回転してから緑色の液体を吹き出すシーンがこびりついていたので断った。



友達のIもステレオがあるといったので、聴き比べようとこの1000円盤を持っていくと、うちでは鳴らない音が聞こえてくる。私は公団の団地に住んでいたが、Iは一軒家の金持ちだったので、さすがに高いステレオは違うと感心していたが、よく聞くとどうも鳴り方が違うことに気がついた。
早速、購入した電気屋の超まじめな山本さんに来てもらったら、「すみません。カートリッジがおかしくて、片側しか鳴っていませんでした」と汗をふきふき真顔で言われた。
後日、取り換えてもらった。Iの家で聞こえたブレンデルの左手の音がうちのステレオでも鳴り響いた。なぜか、ステレオが家に来た時よりも嬉しかった。


物心ついた時から、我が家には電蓄があった。父の自作の真空管の電動蓄音機で、かなり大きいものだった。初めて鳴らした時、その音の響きに近所の人がたくさん集まってきたそうだ。

父は、クラシック音楽などには興味がなかったようで、その電蓄で自分の好きな曲を聴いている姿は記憶にないが、幼い時には、毎年12月には、きれいな絵が描かれたクリスマスのSP盤を鳴らしてくれた。

小学校の時、電蓄を処分する際、もう、シェラックのSP盤は鳴らせないのでいらないと、家にあったSP盤を割ったのを覚えている。父の大好きな高峰美枝子の「湖畔の宿」などがあった。
それに交じって山本富士子のブロマイドがレコードの間からこぼれ落ちた。「これもいならいね」とビリッと破った時の父の表情は今も忘れられない。あんなに悲しい顔は後にも先にも見たことがない。
すまないことをしてしまったと思ったが、父はなんにも言わなかった。


電蓄がなくなってからは、赤いプラスチック製の折りたたみ式の赤いポータブルステレオを買ってもらった。EPとLPの切り替えがついたものだ。
これがとても長持ちして、本物のセパレート・ステレオが来るまで大活躍した。
ベンチャーズの赤い半透明の4曲入りLPやモンキーズの「ゴールデン・アルバム」は擦り切れるまで聞いた。



今の装置で聞いてもあの時ほどの感動はない。
音は、耳じゃなくて、心で聴くものだからだろうか。

ヤマチクとHMVの師匠

先日、Sさんのところにいったら、音楽の話から新聞の切り抜きを持ってこられた。
金沢市の蓄音機館館長の記事だった。



「金沢でレコード店のオヤジだったけど、倒産しちゃって」と聞いて、ハッと思い当たることがあった。

金沢市で有名なクラシックレコードの聖地「ヤマチク(山畜)」だ。
全国のクラシックマニアのあこがれ。何でも揃っている所だったらしい。

12年前、突然、クラシックが聞きたくなった。『「指環」はどこにいった?』で書いたレヴァイン指揮のワーグナーの「ニーベルングの指環」のDVDを博多駅前のヨドバシ・カメラで買ったのがきっかけだ。
ワーグナーにはまると抜けられなくなると聞いてはいたが、ワーグナーどころか、先祖返りで、もっともっとと、バッハからモーツァルト、ベートーヴェンからショスタコーヴィチまで、高校でバド・パウエルを聞いてからジャズ・ピアニストになるんだと思ってから30年以上、クラシックから遠ざかっていた。レコード3000枚のほとんどがジャズばかり。クラシックなんてほとんど聞いていなかった。

最初は何から買っていいのかわからなかったが、もう、この時はCDのネット販売が始まっていた。
検索してみると、一番詳しいのがこの「ヤマチク」。金沢市にあった。組版でも曲名まで詳細に書いてあった。
一枚ものはHMVで買い始めたが、「ヤマチク」は断トツに詳しかった。
メールで問い合わせると高橋さんという店長の丁寧な対応が返ってくる。
よし、ここで買おうとチェリビダッケの33枚組のコンプリートEMIエディションからフィリップス・モーツァルト大全集180枚組など計938枚、DVD20枚の98組も注文したら、とてつもなく重いダンボール箱が送られてきた。2006年のことだ。
あまりにも買いすぎて、その後、ヤマチクからは買っていなかった。
そのヤマチクは3年後の2009年、店を閉じている。



その社長が、今は金沢市蓄音機館館長。
店には行くことはなかったが、この記事をみて、クラシックCDだらけのこの店舗にいるような気がした。

福岡にも、以前はかなり広いスペースで福原書店が経営するCD店や一時期、HMVも天神に進出して、クラシックコーナーがあったが、すぐに撤退した。

このHMVには、やたらマニアックなくわしい若い店員がいて、誰もが聞くような名盤より、あまり名は知られていないが、とてもいいものがあることを教えてもらった。
CDの封もきっていないのに、どこで聞くのか、何でも知っていて、やたら詳しかった。
今は超有名だが、ベートーヴェンとアルバン・ベルクのヴァイオリン協奏曲でレコード・アカデミー大賞をとったイザベル・ファウストもほとんど知られていない頃に、クラシック初心者の私に、ジョリヴェのヴァイオリン協奏曲がいいですよと勧めてくれた。ジョリヴェなんてほとんどの人が今でも知らないのに。よかったというと、次はシューベルトのヴァイオリン作品集を勧めてくれた。これも最高。
こんなにいい演奏をするのになんで知られていないのかと思っていたが、その後、あっというまにスーパースターになった。



話はそれるが、このジョリヴェ。ファゴット、フランスではバソンの協奏曲が有名で、前に同じマンションに住んでいた九響のファゴット奏者にジョリヴェのバソンコンチェルトはとても魅力的でいいと話したら、いたく感動された。(その後、のだめカンタービレでも取り上げられた)

閑話休題。先ほどのHMVのクラシックの師匠。ほかにポッジャーのモーツァルト・ヴァイオリンソナタや、ベートーヴェンのソナタ全集では(ジャン・ベルナール)ポミエが味わい深くていいなど、普通では考えられないほどのCDの存在を教えてくれた。



2005年8月に初めて天神のHMVでジョージ・セルのメンデルスゾーンを買ってから、1年後の2006年8月に、師匠は渋谷店に転勤になった。
たった1年間だったが、いろいろなことを学びんだ。この人に出会わなければ、クラシックのふところの深さは到底わからなかっただろう。
名前を聞いたが、声が小さかったので聞き返せなかった。残念。ありがとうございました、先生。

書くこと① つれづれなるままに

ずっと書くことをしなかった。何か、書こうと思っても何も浮かんでこない。書くこと自体がおっくうだった。

中学生のころ、内容は忘れたが、何とかの冒険という物語を書いた。学校から帰ってきてから、原稿用紙で30枚ぐらいを一気に書いた。中学生だから、徹夜はしていない。
翌日、持っていくとみんながおもしろがって結構、受けた。山本という女子が売ってくれという。いくらで売ってくれるといったので、10円といったら「いいわよ」と売買成立。こちらも「ありがとう」といった。考えれば原稿用紙代にもならず大幅な赤字だ。好きな子でもなかったが、自分の書いたものを喜んでくれるのがうれしかったのだろう。なんとなく大人びた雰囲気のある子だった。今頃どうしているのだろうか。

高校になると、文章を書くより、楽譜ばかり書いていた。
もちろん独学。そのころの興味は音楽と相撲。



初めてのバイトで買った「なんて高い本なんだ。よくこんな本を買ったな」と父が驚いたシェーンベルク「作曲の基礎技法」や島岡譲の「和声と楽式のアナリーゼ」を読んで、ベートーヴェンのソナタ全曲を分析したりして学習。ピアノ・ソナタや協奏曲を心斎橋のヤマハで買ってきたデカい何段もある楽譜に音符を書き込んでいた。フルートによる独奏曲を書いて、大阪フィルの首席奏者に見せたら、こんなの吹けないと言われた。

ほとんど文章は書かなかったが、唯一、文化祭のころになると、生徒が投稿したものが一冊の文集になるので、当時、凝りだした「ビートルズ」の曲はなぜ魅力的なのか、と題したものをかなり書き進んだが力量及ばず。まとめきれずに投降した。



学生になると、村上龍が「限りなく透明に近いブルー」が芥川賞をとったと話題になった。衝撃的だった。でも、なんでこんなのが受賞するのかと批判めいたものをかなりの枚数一気に書いた記憶がある。文学には常に哲学や生き方の内容が伴っていなければならないし、そうあるべきだと思っていたからだ。貴の花親方みたいに。
哲学書などを図書館から借りてきて、自分はこう思うとか、レポート用紙に何枚も鉛筆で書き上げていた。
が、友達に見せてもわけがわからないと言われるばかり。むなしくなってピタッとやめてしまった。

それから10年ほどなにも書かなかったが、パロディーに一時はまった。
読んでもらうたびに受けたが、だんだん、内容が凝りすぎるとみんながついてこれなくてやめてしまった。

それ以来、30年間、ほとんどといっていいくらい文章を書くことをしなかった。



2年ほど前、文化教室でエッセイ講座があることを知り、応募した。
先生の書いた文章はなかなか魅力的で楽しみだった。が、突然、今回のエッセイ講座は中止しますと主催者の図書館側から告げられた。

先生がエッセイのはじまりはモンテーニュの『エセー』で、エッセイとはいっさい批判めいたことは書かないと言われたことに対して、モンテーニュは批判的なことも多く書いている、もっと幅広い意味で書いてもいいんじゃないですかと話し込んだ。噂で私が持論を滔々と述べまくったと聞いた。こちらは軽い気持ちだったが、批判されたと思われたのだろう。
今まで大学の先生でも同じように自分はこう思うと意見を述べたときに、相手もそれなりにそれはこうだと、互いに論を交わしていたので、同じようにしただけだったが、いつも同じ調子ではいけないことを学び、文章の感を取り戻すせっかくの機会を逃してしまった。
エッセイの先生、そして講座を楽しみにしていた方。すみません・・・。

このブログを4月に立ち上げて9月まで文章が書けなかった。それからも書くことが浮かばないと思っていたが、11月になって少しずつ身近なところから書いてみようという気が出てきた。少しはキーボードに向かうことが多くなってきた。

ピアノを常に弾いていなければ感が鈍るように、文章も書いていなければ、凍り付いたようになにも出てこない。
誰に見せるのでもないが、つれづれなるままに綴ってみようと思い、徒然草ならぬ「つれづれ章」とこのブログを立ち上げた。悪文でごめんなさい。

えっ、オレ? (ケニー・バロン)

ケニー・バロン。ジャズ・ピアノの売れっ子だ。



25年前になるが、いまは閉店してしまった1990年にできた「福岡ブルーノート」に「チェーシン・ザ・トレイン」のプレイを聞きに行った。
トランペットのランディ・ブレッカー率いるグループだが、弟のマイケル・ブレッカー(2007年に亡くなった)のサックスはすごいとおもったが、兄のブレッカーはいまいちだと感じていた。
なんで、聞きに行ったかというと、ピアノ、ケニー・バロンとあったからだ。
当時、バロンはあまり知られていなかったが、もっと前に何かのCDでプレイを聴いていいなと思ったのだろう。
「チェーシン・ザ・トレイン」のプレイでも、バロンばかりに耳を傾けていた。

演奏終了後、楽屋に尋ねていった。
メンバーは誰だったか忘れたが、いままで来た人たちはすべてランディに会いに来たようだ。
入ると、「ランディはあっちだよ」と他のメンバーが何も言わないのに教えてくれる。
ランディはブレッカー兄弟として超有名でオーラがでまくっていると思ったが、弟のマイケルがあまりにもすごかったので、なんとなく自信がなさそうだった。ただ単に疲れていたのかもしれないが。



私が、バロンを見つけて、「あなたに会いたかった」と緊張して言うと、ランディやほかのメンバーが「オオー」と声を上げた。よほどめずらしかったのだろう。
なによりも驚いたのが、バロン。
「えっ、オレ?」とキョトンとして自分を指さしながら言った。
ランディをはじめ、他のメンバーもなぜかしら、笑って盛り上がったが、こちらはあこがれのバロンに会って、何を話したか全く覚えていない。
もっとも、英語はほとんどわからなかったので・・・。

ケニー・バロンはそれから、超売れっ子になってCDもたくさん発売されている。
ほとんど、手にいれたが、最初聞いたときはモダンな印象があったが、ずっと聞き続けていると、とてもオーソドックなプレイをする。
派手で、キラキラするようなところはないが、堅実な中にキラッとするフレーズを入れてくるところがいい。ブルーノートであった時のようにシャイな人柄がそうさせるのかなぁ。
今でもこの人には脇に回った時の方がいいと感じる時がある。

プレイを聴くたびに、いぶし銀のようなプレイよりも驚いたバロンの顔が浮かんでくる。

恥かしながらジャレド・ダイアモンド

エーコのことを書いたが、Kindle版の「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」をAmazonで購入した際、ジャレド・ダイアモンドも半額セールだったので、「銃・病原菌・鉄(上・下)」「文明崩壊(上・下)」「変革の知」「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」の6冊を購入した。
書籍でも持っているが、「銃・病原菌・鉄」「文明崩壊」は分厚くて重い。電子書籍だとiPadやiPhoneで何冊も入れて、いつでも読むことができる。
なので、エーコは、「もうすぐ絶滅するという紙の書物」と言ったが、本を持った感触や書き込みがすばやい、本のページで覚えるなどもエーコが思ったように電子書籍は普及していない。
ともあれ、パソコンでもいつでも読め、簡単に思いついた語句を検索するには、やはり、電子書籍は便利だ。とくに、エーコやダイアモンドなどでは助かる。



最初に、ジャレド・ダイアモンドを知ったのは、たまたまつけたラジオで「人間はどこまでチンパンジーか」を翻訳した東大の長谷川寿一教授の話で知った。興味をそそられる内容で、この文化人類学学者の視点は面白いと、書店で「人間はどこまでチンパンジーか」を買い求めた。
期待以上で、ダイアモンドにはまってしまった。



今みたいに有名ではなかったので、2冊しか発刊されていなかった。
その2冊目の書籍名は、「セックスはなぜ楽しいか」。
カバーもはでなドピンク。題字も目立っていた。手に取ることも、レジで支払う時も気恥ずかしかった。



内容はまじめなものだった(もちろん!)。「男はなんの役に立つか」の章では、従来、昔、男は食料をえるために狩猟に出かけ、女はそれを待って子育てなど家庭を支えてきた。と教えられてきたし、いわゆる「男らしさ」のDNAはここからとそうずっと思ってきた。
しかし、ここで書かれているのは、

ジャングルのなかの道で出会う夫婦は、必ずといってよいほど、女性が薪や野菜、赤ん坊といった重い荷物に腰を曲げ、一方、男性はといえば、弓矢以外になにももたず、ただぶらぶらと背すじを伸ばして歩いていた。男たちが狩猟に出かけるのは、せいぜい男同士の結びつきを強めるだけの役目しかもたないようで、ジャングルで獲物がとれたとしても、その場で男たちだけで食べてしまう。

つまり、妻たちは、夫が猟に出かけている間の食料はもとより、帰ってからの食料も女性が調達していたということだ。
では、男は何をするのか、何の役に立つのか?

一見のんきそうな男たちは、重荷を担いだ妻の隣を歩いているだけのようで、実は見張り兼護衛として他部族の待ち伏せにそなえ、いつでも弓矢を使えるように両手を空けていたのだ。

と書かれている。
敵が襲ってくる時代には、戦うことにかんして、肉体的にも優位に立っている男性は役に立っていた。ライオンと同じだ。オスはじっとしていて、メスが餌をとってくる。
でも、そこにいくまでが大変。オス同士の戦いに勝ち抜き、メスからは自分たちを守ってくれることができるかと、辛い採点に合格したものだけがその位置につける。
負けて、メスたちから見向きもされなくなったオスライオンは、立派なはずのタテガミだって抜け落ちてみじめにみえる。
今の平和な社会で男性は、命がけで女性を守るということはない。
女性はもともと自分だけで生きられるのだ。自分をまもってくれないと思ったらライオンも人間も変わりはない。
ますます強くなってたくましくなっていく女性に対して、勝ち抜く環境にさらされていない男性。
これでは、結婚もしなくなって、ますます少子化が進むだろう。

初期のジャレド・ダイアモンドの本は電子化されてなかった。
「セックスはなぜ楽しいか」が見つからなかったので、町の図書館のコンピューターで検索しても見つからない。しかたなく、窓口で図書司書に書名を言って探してもらったら、あった。普段は奥で保管している閉架図書だった。たんたんと手続きをすまして本を持ってきてくれたが、相手は何もおもっていないと思うが、それからは変態オヤジとみられているように自分だけが感じて、ちょっとの間、行きにくかった。一冊の本の重みは大きいなぁ。

でも、今は大丈夫。Kindle版の「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」を開くと、「セックスはなぜ楽しいか」との同じ内容ではないか。
文庫本にもなり、書籍名を言っても恥ずかしくないようになっていた。
ああ、よかった。



もうすぐ絶滅するという紙の書物について

久しぶりに町の図書館に行った。
利用されなくなった本(廃棄図書)を無料でもらえるブックリサイクルがあったからだ。
10時から始まり、会場の図書館2階の学習室には、気に入ったものはないかと手に取りながらたくさんの人が来ていた。
毎年、1週間ほどの期間で行われているが、初日の開始時間はたくさんの人がいるが、その後は、ほとんど来ない。初日の15時に落ち着いて選ぼうと行ってみたが、だれもいなかったので、ゆっくりと物色することができた。

本を買う人はもとより、図書館で借りる人もだんだん減ってきている。


2年ほど前に、イタリア文学に棚に、出版されたばかりのウンベルト・エーコの「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」があった。題名が衝撃的だったので早速、借りた。


エーコといえば、「薔薇の名前」「フーコーの振り子」「バウドリーノ」。
「薔薇の名前」でエーコは有名になった。ショーン・コネリー主演で映画にもなった。
1983年に書かれたものだが、日本語版が出されたのが1990年。映画が1986年だから、見た人が原作を読みたくなった人もいただろうが、出版されたものは上下2巻の分厚い、しかも難解なものだった。多くの人が、はじめに映画になっていたから、読みながらショーン・コネリーを頭で浮かべながら、ああ、こういうこと…、と理解していったに違いない。


日本でもエーコのファンは多いが、この本、なんと、世界中で5000万部も売れた大ベストセラー。こんな難しい本がこんなに売れるなんて?
本家のイタリアでは、全文が雑誌の付録についていたそうだ。キリスト教がわかれば、そうでない人とは全く理解の深さが違うから、イタリア人やキリスト教圏の国では、なるほどね、そうそう、となると思う。

話は「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」に戻るが、この本、ジャン=クロード・カリエールとの対談で、色々な本を語るのだが、エーコは元々は学者。「薔薇の名前」や「バウドリーノ」を読んだとき、緻密で、推理小説としても完璧、知識としても完璧。しかも、エンタテイメントとしても完璧。
なんという人だと驚いたが、このもうすぐ・・・」を読んで、頭がガンガン痛くなるくらい、世の中にはこんなにすごい人たちもいるんだと痛感した。

図書館で借りられる期間は2週間。手元に置いていきたかったが本は3024円。高いなあ・・・。
ところが、幸運にもエーコが私を呼んでいた。
AmazonのKindle版がセール中で1344円。半額以下だ。しかも、分厚い本がiPadで手軽にいつでも読める。すぐに購入した。
ついでに、大好きなジャレド・ダイアモンドも・・・。

図書館に行ったので、久しぶりに、エーコを読み返そうとおもった。「薔薇の名前」「フーコーの振り子」「バウドリーノ」は本で持っていて、読んだと思っていた。「薔薇の名前」と「バウドリーノ」はあるが、「フーコーの振り子」が無い・・・。



あったのは「フーコーの振り子」があまりに難解なので、それを読むための解釈本、『「フーコーの振り子」指針』、『「フーコーの振り子」振幅』だった。これを読んだ方がますますわからなくなるような本だ。
果たして、私は「フーコーの振り子」を読んだのだろうか? 本を持っていたのだろうか?
フーコーの振り子」に振り回されながら、昨年亡くなった偉大な知の巨人、エーコの「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」を読み返した。




2017年12月1日金曜日

12月になると、なぜかシベリウスを聴きたくなる。

12月になると、なぜかシベリウスを聴きたくなる。
寒いからか……。

シベリウスを聴くと北欧の湖が目の前に浮かんでくる。透明な青い色を感じるが、同じく寒さを感じるブルックナーは灰色だ。石を積み上げて作った西洋の城の中をぐるぐる回っているようだ。

10年ほど前、シベリウスに凝って、交響曲のスコアを手に入れたが、当時は福岡のヤマハで輸入楽譜を購入するしかなかった。A5の大きさの薄いミニスコアだが、5番が税抜きで5400円、7番が5300円。とても高くて、この2冊しか買えなかった。





今は、ネットのペトルッチ楽譜ライブラリー(Petrucci Music Library)で無料で手に入る。1番から7番、それにクレルヴォまで。繊細さの究極、バイオリン協奏曲のスコアまでPDFで手に入る。

交響曲全集はやはりパーヴォ・ベルグルンド(Paavo Berglund)のヨーロッパ室内管弦楽団版がいい。
壮大さを感じるものより、温かい部屋の中から、冷え切った空気につつまれた森を見ているような錯覚に包まれる。

 シベリウス交響曲全集 ベルグンド


The Essential Sibelius BOXのオスモ・ヴァンスカ(Osmo Vanska)指揮のシベリウス交響曲もいい。アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(Anne Sofie Von Otter)の歌曲も入っているし、カヴァコス(Leonidas Kavakos)のバイオリン協奏曲も素晴らしい。

 シベリウス交響曲全集 オスモ・ヴァンスカ

両者ともフィンランドの指揮者だ。ピーンとした寒さの中にも温もりを感じさせる演奏はフィンランドの風土で育ったからなのだろう。

書いているだけで寒気がしてきた。
風邪をひかないよう、服を一枚増やして、温かいココアを飲みながら聴こう。

2017年11月23日木曜日

「指環」はどこにいった?

世界で一番売れたクラシック・レコードはショルティの「ニーベルングの指環」と書いたら、急に、「指環(リング)」(ニーベルングの指環のこと)が聞きたくなった。



「指環」は4日にわたって上演される大曲で、CDでも10枚以上、レコードだと20枚を超える。全曲聞くのに10時間以上かかる。

最初は、レヴァイン指揮のMETのDVDを買った。ヒルデガルト・ベーレンスのブリュンヒルデが素敵だったので、はまってしまった。

聞き始めると、たまらない魅力がある。トリスタンの媚薬を飲んだかのように、ワーグナーには口から手を入れられて胸の中を掻きむしって心に入り込んでくるような魔力がある。その魔力から抜けられず、たくさんの「指環」を買った。
ショルティ、フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュはもちろん、ベーム、テンシュテット、バレンボイム、新潮オペラブックのマゼールも手に入れた。DVDもレヴァイン以外も何セットも揃えて、聞きまくっていた。

もともとは北欧神話からだと、友人が書いた『「ニーベルンゲン」の歌を読む』がいいよと知り合った大学教授に教えてもらった。


ショルティの「指環」の録音したいきさつを書いた、黒田恭一さんが訳したジョン・カルショーの「録音プロデューサーの手記」があることを知り、どうしても読みたくなった。
レコード盤に付録としてついているとわかり、オークションで手に入れたが、他のものがついていた。どうも、発売当初にはついていたらしいが。







幸いにも、福岡県図書館にあったので借りてきた。昭和四十四年一月一〇日の第二刷発行で定価1000円と巻末にわざわざ書いてあった。


復刻版が望まれてもなかなか出版されなかったが、「ニーベルングの指環 リング・リザウンディング」として山崎浩太郎さんが、2007年に新しく訳された。
山崎さんには、4年前、福岡アクロスにおいてコンサート形式で「トリスタンとイゾルデ」が上演された際、事前に4回にわたり、この曲に関してのレクチャーがあり、1回目に来られていたのでお話しすることができた。
この時は、直前に来日したチョン・キョンファの話になり、福岡公演が最高だった。東京はあまり出来が良くなかったと、チョン自身が語ったことを聞かせてもらい、幸運にも私もアクロスの演奏を聞いていたので、とても良かったと盛り上がり、「指環」の話はほとんどできずにサインだけしてもらった。

カルショーは幼いころからのあこがれのキルステン・フラグスタートにどうしてもレコーディングしてもらいたいのと、指揮はクナッパーツブッシュに頼みたいみたいだったが、だめで結局、当時若手のショルティで録音となった。
幸いにもフラグスタートは引退していたが、最初の「ラインの黄金」のフリッカ役で歌ってくれた。
ビルギット・ニルソン(ブリュンヒルデ役)はすばらしい。こんなに歌える歌手は今はいない。ビルギット・ニルソン自身が書いた「オペラに捧げた生涯」はユーモアたっぷりの話が満載だ。


男性歌手のヴィントガッセンやホッターまでこんなに豪華なメンバーは今後もできないだろう。
昔はオペラの主役級はみんなわがままで、気が向かないと簡単にキャンセルしまうことなどザラ。ショルティも大変だっただろう。カルショーも56才で亡くなったのはここで寿命を縮めたのかな。

なんて、思いながら、ショルティの「指環」を探しているのだが、見つからない。貴重な新潮オペラブックの「指環」もマゼールの演奏はいま2ぐらいだが、添付の本の内容がいいので捨てるわけないのにどこを探しても見つからない。
きっと、ニーベルハイムに行ってしまったのだろう。奴隷たちの魅力的なリズミカルな打撃音が聞こえるように耳を澄まそう…。

「Be My Love」はミリオン・セラー


久しぶりにAWAにアクセスしてみたら、キース・ジャレットの曲が増えていた。
スタンタード・ナンバーを演奏しているアルバムは以前なかったが、"Standards,Vol.1,Vol.2"に加えて"The Melody At Night, With You"があった。CDは持っているが、音楽ストリーミングサービスの方が手軽に聞ける。



このアルバムには、大好きな"Be My Love"が入っている。



「ジャズ詩大全5」によると、1949年の作品で、作詞はサミー・カーン(Sammy Cahn),作曲はニコラス・ブロッキイ(Nicholas Brodszky)。
マリオ・ランザ(Mario Lanza)のレコードがヒットし、その翌年、MGM映画「The toast of New Orleans(邦題は「ニューオリンズの美女」)」に挿入され、マリオ・ランザとキャスリン・グレイソンが歌ったそうだ。
RCAヴィクターから出たマリオ・ランザのレコードは二百万枚も売れた。赤いシールを貼ったクラシック盤として売り出されたので、レコード史上唯一のクラシック盤でヒット・チャート入りしたヒット曲となり、ランザはこの曲があまりにも売れたので、以後自分のテレビ番組などではこれをテーマ・ソングとして使っていた。とある。

静かなバラードと思っていたが、もとの曲は大声を張り上げて歌う曲だった。
「ジャズ詩大全5」を買ったのは1992年。

当時は曲のCDが載っていても手に入れることはとても難しく、どんな曲かを聞くことも困難だったが、今はすぐに調べられる。キースの演奏からはクラシックのイメージはわかないが、Youtubeでマリオの絶唱を聞くとなるほどと思う。

 Mario Lanza Be My Love

200万枚も売れたのだから、最高に売れたのだろうと調べたら、なんと、一番はショルティの「ニーベルングの指環」が1800万枚。CDで14枚組。レコードだと22枚組。上には上があるもんだ。

わかっていたのかノーベル賞

今年のノーベル経済学賞に行動経済学のシカゴ大学のリチャード・セイラー教授が決まった。

経済学では長年、人は心理状態に左右されずに自己利益の最大化を図る冷徹な存在と想定されてきたが、セイラー教授は、人は往々にして、自分を見失い、時には惰性に流され、時には失敗を恐れるあまり、長期的に見れば最善とは言えない決定を下すものだということを立証したそうだ。


ノーベル賞で注目 行動経済学って何?
動画
(11月17日 NHKおはよう日本)

要するに、これがいいとか、こうすればいいのにと思っていても、色々な要因に左右されて、判断をしてしまうということだ。

一言で表すと「わかっちゃいるけど、やめられない
植木等のスーダラ節の一節だが、見事に本質をついている。


もう、終わったがNHKが土曜に「植木等とのぼせもん」をやっていた。
この時に行動経済学の権威がノーベル賞。NHKはわかっていたのかな。

作詞した青島幸男は天才だ。

青島さん。東京都知事になってからは冴えなかった。
行政と議会のしがらみのなかで、ほとんど何もできずに1期で引退してしまった。
きっと心のなかで
「わかっちゃいるけど、やめるんだ」
と言ってたに違いない。



行動経済学の本質、それは「にんげんだもの」にあった!